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経営の美学-日本企業の新しい型と理を求めて

(編)野中郁次郎 嶋口充輝
価値創造フォーラム21

まえがき-新たなる経営の美学を求めて

2、企業の価値

一般に、美学とは自然や芸術における美の本質や構造を解明する学問である。従って本書のテーマである経営の美学とは、美しい企業の本質や構造を明らかにすること、となる。ちなみに、美しい企業とは、思わず「お見事(ビューティフル)!」と社会や顧客から賞賛されるような、知的にも道徳的にも優れた華のある会社をさす。

美的企業の価値創造を考えるにあたって、ここでは特に二つの哲学的な問いかけをする必要があろう。

第一は、企業の価値は一体どこから生み出されるのだろうか、という根源的な問い。本書の基本スタンスは、突き詰めていくと、人間の創造性とそれを支える知識こそにある、という帰結になる。

80年代までの日本企業の成長は、現場の創造性に依拠するところが大きかった。働く人のひたむきな意欲、暗黙知の共有によるチームの開発力、高度な品質を飽くことなく追求するパワーなどは、生産設備の能力不足を創意工夫と柔軟な応用力で補い、今日のような高品質の製品と高い生産性をもたらす経営基盤づくりに成功した。そこにおける成功の鍵は、人間とその人間が持つ暗黙知にこそあり、それが後に生産システムや設備改良などに反映される形で形式知へと変換していったのである。

しかし、このような日本的経営の特質は、残念ながら、従来の企業論や戦略論の枠組みのなかでは十分に捉えられてこなかった。特に、バブル経済崩壊後の企業再構築において軽視されてしまったのは、大きな損失であった。価値を生み出す無形で貴重なもの、しかも属人的性質を持つ目に見えない資源の意義を徹底して追求することなく、欧米企業の方法論を導入して見える面だけを中心に分析を行い、短期的に科学的・合理的な経営体系で業績の回復を図ろうとするという過ちに陥った。数値的に把握可能な指標を重視するあまり、価値創造活動の根本にある人間的要素を見失ったのである。

第二は、価値創造とは誰にとっての価値か、という問いである。それは企業の存在理由としても不可欠の問いかけであり、企業活動の社会的正当性とも密接に関連する。

近年、コンプライアンスやCSRなどが重要視されるようになったのは、企業が単なる利益追求の存在であってはならないという意識である。このような流れが強まってきたのは、企業が再構築に苦闘し、模索していったなかで、経営の視点としてその中核に人間や社会を位置づけるべき、という考え方が次第に強く芽生えてきたためである。

このように、企業における価値の源泉は、信念や感情といった人間的な発露であり、さらには経験によって蓄積されてきた暗黙的かつ体験的な知識にこそ負っていると考えられるのである。その上で、価値は企業が一方的につくりだすのではなく顧客や社会との関係性において共創的に創造されるものであることが意識されてくる。

1.変革の時代へ

3.知の綜合化へ