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経営の作法−次世代リーダー育成塾

(編)野中郁次郎  米倉誠一郎
価値創造フォーラム21

あとがき

第三期「価値創造リーダー育成塾」コーディネーター
米倉誠一郎

成果の出なかった二〇年

残念ながら現実を直視することを避ける訳にはいかない。まず、日本経済はこの二〇年間量的な拡大をほとんど見ていないことは認識しなければならない。ただし、二〇〇八年ごろから日本の人口が減少傾向にあることを考えれば、量的な拡大を目指すこと自体に意味がないのかもしれない。

しかし、この間に日本経済が質的に充実してきたかというと残念ながらそうは言えない。一人当たりの名目GDPは一九九五年の世界第三位から二五位にまで転落している。数字を見る限り、日本人一人ひとりが付加価値を生み出していないのである。

一方、この間アメリカはその経済規模を二・五倍、ドイツは一・五倍、韓国も約三倍に伸ばしている。もちろん中国に至っては、経済規模を二〇倍にまで拡大しているのである。繰り返しになるが、この二〇年日本は改革・変革・再生を声高に叫びながらも、ほとんど成果を上げていないのである。

自分の子どもあるいは親族で二浪三浪はともかく二〇浪を続けているものがいるならば、やはりこれまでのやり方を変えたほうがいいと普通はアドバイスするだろう。同じように、日本企業にはこれまでのやり方に大きな変更が必要なのではないだろうか。

日本的経営の美徳

しかし、日本企業がこの間まったく努力をせずに無為無策のままに時を過ごしていたかというと決してそんなことはない。日本経済は一九九〇年代のバブル崩壊、金融破綻、二一世紀に入ってからのリーマン・ショックや激しい円高・円安、さらには阪神大震災や東日本大震災などの大災害に見舞われ続けてきた。この間、日本企業は幾多の困難に立ち向かい、それなりの成果を上げただけでなく、その高い強レジリアンス靭性を世界に示してきたのである。

また、世界中の誰もが認める製品品質の高さ、そしてそれを支える人材品質の高さも他諸国を圧倒している。多少劣化してきているとはいえ、こうした人材・製品品質はそう簡単に手に入るものではない。さらに、日本の経営者層も基本的には謙虚で諸外国で見られるような恐ろしいほどの強欲さはない。

また、雇用重視の経営観が、日本の失業率を二・八八%にとどめ、アメリカ四・三六%、中国三・九〇%、ドイツ三・七五%、韓国三・六八%などに比べてきわめて低い水準に抑えているのである。これらの側面はみな、素晴らしい日本企業の「美徳(道徳基準に適った行為・特質)」として賞賛し得るものである。

成功体験の罠

ただ本当に厄介な問題は、日本企業の成功を支えたかつての美徳と生温い環境が時代に適応するべき変革を阻んでいることだ。「茹ゆでガエル」という象徴的な言葉が示すように、日本企業は現状に安穏としている間に本当に茹で上がってしまう可能性がある。日本的経営の美徳が古くなったかといえばそんなことはないし、取り巻く経営環境も過去の成功を全否定するようなものには見えない。だが、実に緩慢な衰退と死に向かう兆候を示しているのである。

低い失業率と安定をもたらしている日本企業の雇用重視や長期相対志向は表面的には素晴らしい成果のように見えるが、そのこと自体が人材の流動性を妨げ、新しい産業への迅速な人材移動を阻んでいる。それは時価総額トップの顔ぶれがほとんど変化していないことからも明らかである。

経営者のモデストな報酬体系や年功制も一見素晴らしいが、実は海外を含めた優秀な人材の獲得や野心的な若手の抜擢や挑戦を阻害している。 また、穏やかで物言わない株主が日本企業の国際水準に比べてかなり低い利益率を許容し、選択と集中や大胆な未来投資を促していない。特に問題なのは、この一〇年間日本企業特に大企業が設備投資と人件費上昇に消極的なことだ。

利益に占める労働分配率は歴史的な低水準で、設備投資はこの一〇年はほとんど変化していない。一方で、貯め込んだ内部留保は五〇〇兆円に達しようとしている。最近もあるハイテク大企業(もはやハイテクという自覚もないのかもしれない)が株価低迷を打破するために一〇〇〇億円の自社株買いを発表したが、笑止千万である。株価が低迷しているのは、未来への投資も行わず、会社の命とも言えるエンジニアたちに高給を支払っていないからだ。

守って攻める

こうしたなかで、価値創造フォーラム21に集う経営者たちは新しい挑戦をしている。グローバルにチャレンジしながらも絶対的な価値の創造と顧客視点にもとづく絶対的な競争を追求している。そのことを本書からぜひ読み取ってほしい。

日本的な美徳を残しながらグローバルな挑戦を追求するときにヒントとなるのは、野中郁次郎教授が示唆する「知的機動力」と「二項対立を排除した包含力」である。日本の経営者に求められているのは、これ以上の分析でも緻密なマーケット調査でもない。機動的に行動することなのだ。さらに、Aを立てればBが立たないといった二項対立的な逡巡ではなく、AもBも同時追求するという自己ストレッチ力なのである。

いずれにせよ、日本企業に残された時間はそう長くない。いま変われなければ、選択肢はますます 狭まっていくように見える。

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