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経営の流儀-次世代リーダー育成塾

(編)嶋口充輝 竹内弘高
価値創造フォーラム21

まえがき―価値創造と経営の流儀―

本書は、財界リーダーと経営学者との対話型コラボレーションをベースにして、新時代の価値創造型経営を多面的に論じた成果である。
いかなる時代にあっても、またどのような経営環境の場においても、いかにして企業価値を高めていくかは、企業組織とそのリーダーの最大テーマといってよい。一般に、その企業価値を高める経営の流儀は、経営を先導するリーダーとその経営環境によって異なり、必ずしも一様ではない。しかし、現代企業の組織リーダーが自分勝手の気ままな流儀で、思いつき的に組織を動かすというわけにもいかない。企業はいまや一つの社会的公器でもあり、さまざまなステークホルダーに支持されながら、社会的価値をも同時に生み出す存在になっている。とすれば、社会的価値をも考慮に入れた高次の企業価値のあり方を考え、その価値を追求していくことが企業リーダーの今日的責務であろう。
このように、短期的には、リーダー独自の自由で柔軟な価値創造の流儀も必要になるが、長期的には、永続性を前提とする企業として、リーダーは組織を取り巻く社会、文化、歴史的な大局観のもと、より普遍的な価値を追求していく必要がある。それは、時代や個人を超えた絶対価値とでも言いうる価値追求である。喩えて言えば、多様で相対的な武芸者の生き方や剣の流儀はそれなりに意味をもつだろうが、その中から人や時代を超えた武士道とも言える、より普遍的な価値追求のあり方が求められるのではないか、という発想である。
本書では、日本を代表する優れたトップ経営者の多様な経営スタイルや知恵に学びつつ、同時にアカデミアの知見を取り入れながら、未来の、より普遍的な価値創造経営のあるべき姿と流儀を探ろうと試みた試論的成果といってよい。この価値創造を先導するのが企業リーダーであるという意味では、本書は産学協同による価値創造型リーダーシップ論の一つと捉えることもできる。読者は、本書に示されたさまざまな経営流儀の本質を学ぶことによって、そこに共通する、経営の「価値創造道」とでも言いうる普遍的な見方や流儀を学んでもらいたい。

本書の出発点は、1998年4月に発足した、財界のトップ経営者と経営学者とによる経営研究会、「価値創造フォーラム21」(2009年10月より一般社団法人化)にさかのぼる。当時は、バブル崩壊の後遺症が色濃く残り、それまで以上に株主の利益を意識した欧米流の株主至上主義がグローバル・スタンダードとして台頭し、その経営手法導入の動きが急速に活性化した時期である。しかし、当フォーラムでは、このような世界的傾向を無視しないまでも、それ以上に優れた日本企業に内在する奥深い普遍的価値に注目した。換言すれば、企業価値を金銭的な経済価値のみならず、社会的価値や文化的価値まで含んだ、より奥行の深いコンセプトとして捉え、企業組織の理念、ビジョン、哲学、さらには組織精神にまで及ぶ価値創造活動のあり方について議論を重ねたのである。
その一つの成果は、さかのぼること3年前に、価値創造フォーラム21の編纂により『経営の美学』(日本経済新聞出版社、2007年)として出版された。そこでは、21世紀型の価値創造とはいかなるものか、に始まり、企業には真・善・美に代表されるような絶対的価値追求の美学がありうるのではないか、価値創造のイノベーションに独特の「型」は存在しうるか、などトップ経営者と研究者とによって多面的にその見解が展開された。「相対から絶対の競争」「市場原理と人間原理の融合」「価値創造方法の多様性とその発想法」「価値創造のイノベーションと実践」などが具体的内容として取り上げられた。
前書による基本姿勢の確認とその後のフォーラム活動を通じて得られた一つの知見は、この奥深く多様な価値創造のあり方を持続的に追求するためには、常に世代を超えた優れたリーダーの継続的出現が不可欠だという確信である。いかに優れたリーダーであっても、組織の永続性に比べれば、リーダー個人の活動期間は限られている。とすれば、個人を超えて企業価値追求を引き継ぐ優れた次世代リーダーが必要である。このような意図から同フォーラム内に創設されたのが、前フォーラム理事長 長島徹氏(帝人取締役会長)の力強いイニシアチブでスタートした「次世代リーダー育成塾」である。
次世代リーダー育成塾の目的は、未来を担う若手リーダーたちが、先輩経営者たちの価値創造に関わる理念、知識、方法を主体的、能動的に学ぶ機会を提供することである。そこでの課題は価値創造のための具体的な経営技術や情報を吸収するだけでなく、価値創造にまつわる経営的な知恵や流儀をいかに自らが涵養するか、にある。
同塾では、優れた先輩経営者や研究者たちの多様な経営の流儀を学びながら、より長期的な視点から、軸となる絶対価値のあり方を学習することが期待された。同時に、そこでは、価値創造の基本情報や経営手法を知識として得ることだけでなく、むしろ日々新たに起こる経営課題に、いかに対応しながら現代の価値創造を実践していくかという知恵の習得を目指したのである。先人が指摘するように、「知識は教えることが出来るが、知恵は自ら学ぶしかない」という基本理念がこのプログラムの哲学でもある。

上記の次世代リーダー育成塾は、リーマン・ショック直後の2008年11月に日本経済新聞社の後援のもとで発足し、ワークショップを別にして年間約10回にわたって開催され、2009年11月に第1期の活動を終了した。各回の前半部では日本を代表するリーダー経営者による講演から学び、後半には現役経営者と学者とによる対談から学ぶ、という構成をとった。その後、参加者が講演と対談を自らの問題として主体的に体得するという意味から、少人数に絞ったワークショップが行われた。
次世代リーダー育成塾は、もともと、フォーラム幹事会社を中心としたクローズドなメンバーによる相互研鑽の場であったが、その成果はメンバーのみの特権にする必要はなく、むしろ、その思想や考えは広く企業社会一般に共有すべきものと考えられた。そのような背景から、フォーラム幹事会の意見を反映して、本書は育成塾での主張を広く世に問う形で企画された。ただ本書は、基本的には次世代リーダー育成塾の内容を中心としているが、さらに全体の主張をバランスよく示すために、価値創造フォーラム21の年次プログラムで行われた講演やキーノートスピーチを一部取り入れた。その点で、経営の流儀の多様性と普遍性をより今日的な視点で学べるように工夫した。
以上の意図で編集された本書の概要を読者により良く理解してもらうために、簡単にその構成と内容を示しておこう。
本書は、基本的に、優れた経営者の経験から学ぶリーダーシップ論の性格を色濃く持っているがゆえに、まず、フォーラム創設支援経営者の一人である福原義春氏(資生堂名誉会長)による「次世代リーダーへの期待」をオープニングとして取り上げた。そこでは、次世代リーダーが取り組むべき価値創造の姿勢について氏の経験的思想と期待が述べられている。
その後に続く多様な主張と議論は、目次のテーマと氏名を見ていただければ分かるとおり、我が国を代表する経営者による経営の実践哲学と学究者による解説が、三部のリーダーシップの性格に区分されて展開される。
第1部の「自覚を促すリーダーシップ」では、現代の価値創造型リーダーとは何か、今日的リーダーの性格と条件とは、リーダーは何を基軸に行動すべきか、などについて、トップ経営者と経営学者の各4人、合計8人の論者から、その経験的知見と議論が展開されている。現代の経営全般につながる新鮮な視点と基本発想はこれからの価値創造リーダーを目指す人々に多くのヒントと啓発を与えるに違いない。
第2部「インテグリティを貫くリーダーシップ」においては、現代の経営リーダーが常に具備すべきインテグリティの実践的方法や理論的根拠が示される。企業はその存続のために、絶えず変化する環境へ創造的に適応する必要があるが、なかでもそれを先導するリーダーには価値追求の哲学とプロセスに、企業倫理、コンプライアンス、CSRといった広義の社会的責任と誠実さが強く求められている点が強調される。ここでも、実務と研究の視点から、経営トップと経営学者、合計5人の論者から、現代の企業経営におけるインテグリティ追求の意義と方法が示される。
第3部「変革期におけるリーダーシップ」では、新しい時代の競争の中で、いかにイノベーションをリードすべきか、の議論が展開される。特に、新しい競争として革新的ビジネスモデルの創造、グローバル新時代の競争戦略、地球目線からの企業活動のあり方などが論じられる。ここでも、3人の経営者と4人の学者、合計7人(2人の独立主張と3つの対談)の新発想と見解が述べられる。
しかし、本書を通読した読者は気づかれると思うが、3つの「部」の区分構成はあくまでも便宜的なものである。それぞれの論者の主張は3つの性格区分(部)を超えた、より普遍的なテーマについて触れている。従って、読者は、本書に登場する各論者の、表現の違いに関わらぬ共通の問題意識と主張にも驚かされることだろう。そしてそのことが、現代の価値追求の絶対性にも通ずることを理解できるはずである。
上記3つの視点から捉えたリーダーシップ論の後、本書は、価値創造フォーラム21の現理事長、槍田松瑩氏(三井物産取締役会長)による「あとがき」で終わる。
なお、本書を読むに当っては、自分の興味や関心に従って、順不同に読むことも出来る。その点では、最初から読み進めないと、後が分からないということはない。大切なことは、義務的にすべてを読もうとして途中で挫折するより、興味のある論考を深く読み、自らの知恵を涵養することである。・・・

2010年夏

嶋口充輝
竹内弘高

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